僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

済州島留学物語 第5話【春4】

 国際課のウニョンさんから、日本出身の学生を対象にした日帰り済州島ツアーを企画してみるという話があったのは、桜がほぼ散った4月中旬ごろだった。

「済州島ってちょうど今ごろの季節が一番美しいの。韓国人の友だちも連れていくから、みんなで一緒に行きましょう」

 そんなウニョンさんの提案に、将来、観光業界志望のナオをはじめ、僕らは声をあげて喜んだ。

 運動しやすい格好で、とのことだったが、僕はあまり服を持ってきていなかったので、いつもの服装で待ち合わせ場所の寄宿舎車寄せにいた。まだ誰も来ていない。時計を見るとちょうど約束時間の10時だった。天気の良い土曜日の午前中だったので、出かけようとする学生たちが多くいた。済州島は電車がないため、移動手段の多くは自動車かバスだ。そのため、自分の車を持つ学生が多くいる。友人たちと楽しそうに車に乗り合わせる彼らの姿は生き生きしていた。

「おはよー」

 サチコとナオがやってきた。いつもと違う、軽々とした服装だ。女子は服のバラエティが豊富だ。

「ユウゴ、めっちゃ普通の格好じゃん?」

「服がないんだ」

「あたしもそうだけど、これルームメイトが貸してくれたよ」

 サチコは薄手のピンク色のパーカーを指さした。

「みんなで着まわしたりしますよね。わたしもこないだルームメイトに、『今日、この服着ていい?』って言われたことありますよ」

「そうなんだ。男子でもあるのかな……」

 いずれにせよ、僕はピアスともゲーマーともそこまで親しくなれていない。

 その時、車寄せに大型のワゴンが到着した。助手席からウニョンさんが顔を出し、韓国語で「アンニョン~」と手を振った。

「タクヤはどうしたの?」

 待機していた僕ら3人を見まわしウニョンさんが言う。

「そういえば、来ないね。もう十時過ぎたのに」

「昨日、飲み会だって言ってたから寝坊してるのかも」

 そう言って僕はタクヤに電話をかけた。前日、ピアスの友人たちと飲みに行くと言っていたのだ。僕も誘われたが、お金もなかったし、翌日の旅行のコンディションに影響が出るとまずいと思い、断っていた。

「おー!」

 まだ何も話していないのに、電話に出るやタクヤは絶叫した。そして「すぐ行くぞ、すぐ行くぞ!」と、よくわからないテンションのまま電話が切れた。

「寝坊したみたい。でもすぐ来るって」

「まったく」

 あきれたようにウニョンさんはため息をつくと、僕らに先に乗るように指示した。

「今日、運転してくれるチェ・スンウォンさんです」

「ワタシワ チェ・スンウォン デス。ニホンゴ スコシ ワカリマス」

 運転席の学生が片言の日本語で僕らにあいさつをした。色黒の短髪で、スポーツマン風のルックスだ。

 僕らも簡単に自己紹介をしていると、タクヤは本当にすぐに登場した。髪をセットする時間がなかったのか、金髪の髪は逆立ったままだ。目はまだ充血していて、前日の酒が抜けていない様子。コーラを握っていた。車に乗っている僕らを確認すると、ウニョンさんに一礼し、車に乗り込む。

「わりぃ!」

「大丈夫? めっちゃ二日酔いっぽいけど」

「こんなん気合でなんとかなる」

 声もガラガラだ。

「ウニョンさん、ごめんなさい!」

「あんた、どんだけ飲んだのよ」

「ほどほどっす」

「今日、運転してくれるチェ・スンウォンさんよ」

 タクヤは早速、年上の韓国人だと察したのか、

「兄貴! 今日はよろしくお願いします。まだまだ韓国語も下手でわからないことばかりですけど、いろいろ……」と例の決まり文句の韓国語でまくしたてると、

「もう、酒臭いから静かにしてて」とウニョンさんにたしなめられた。

「韓国語上手ですね」

 運転席のスンウォンさんが驚いた表情で後ろを振り返り、そのまま続けた。

「みなさん、僕のことはヒョン、オッパ(女性から見てお兄さんの意)と呼んでください。僕、日本の映画とか漫画が大好きなんです。日本人の友だちが欲しいんです」

 韓国語でゆっくりとそう話してからアクセルを踏むと、

「オゲンキ デスカー」と、いきなり日本語で声を張り上げた。

「あ、『Love Letter』だ。これ韓国で人気あるんだってね」

 サチコが手を叩いて反応した。僕は見たことがなかったので、なんのことかよくわからなかった。

「映画はご覧になりました? 僕は感動しましたよ」

 スンウォン兄さんは同意を求めるように、助手席のウニョンさんを見た。

「うん。面白かった」

 ウニョンさんは少し照れてるようだ。

「もしかしてお2人はつきあってらっしゃるんですか?」

 サチコが上手な韓国語で質問する。僕もそうじゃないかと思っていた。だって、フロントミラーにぶら下がるキーホルダーの中の女性は、どう見てもウニョンさんだったから。

「バレた?」

 そう言ってウニョンさんは手で髪をすいた。

「えっと、今日は、済州島日帰りツアーでーす」

 僕らに気を使ってウニョンさんは日本語と韓国語を使い分けて話してくれる。

「いろいろ考えたんだけど、意外と済州島って広いの。だから、ポイントを絞らないと、とても回り切れないのよね。西側はちょっと遠いから今日はあきらめて、2つの案があります。1案は、南側の中文観光団地を回るツアーね。中文観光団地はロッテホテルとか新羅ホテルもあって、まさに観光地。海もきれいだし、周りに博物館とか公園もたくさんある。で、2案のほうは、東側を回るコース。こっちは万丈窟マンジャングルっていう洞窟とか、城山日出峰ソンサンイルチュルボンっていう景勝地を中心に回るよ。済州島の自然を楽しむコースかな。残念だけど、この2つのうちのどれかに決めましょう」

「せっかく楽しみにしてたんだし、ナオが決めろよ」

「そうね。それがいい」

 二日酔いでぐったりしているタクヤが投げやりに提案し、サチコが賛成した。

「いいんですか? じゃあ、今日は天気もいいし、自然を見たいです」

 2案に決まった。

 

 車の2列目に僕とタクヤ、3列目にサチコとナオが座った。タクヤは出発してすぐにいびきをかき始めた。運転手のスンウォン兄さんは日本について関心が高く、いろいろと質問してくるのだが、3列目の女性陣までは距離があったため、主に僕が相手になった。韓国語が聞き取れない時は助手席のウニョンさんが助けてくれた。

「日本では韓国のドラマが人気だって聞いたけど、本当にそうなのかい?」

「そうですね。『冬のソナタ』を見て、ファンになった人がたくさんいます」

「でも、それっておばさんたちだけじゃないですか?」

「そんなこともないです。その影響で若い人たちの中にも韓国語を勉強する人が増えてきています」

 当時は、今みたいにKポップはほとんど知られていなかった。ただ、韓流ドラマの影響からメディアで韓国が話題になることが多く、韓国語を勉強し始める学生が徐々に増えていたのは事実だ。

「僕は、自分の周りに日本のものが多いことにいつも驚いているよ。子どものころ、当たり前のように見ていたアニメ、当然、韓国のアニメだと思っていたのが、実は日本のものだったんだよね。そういうのがすごく多い」

「それはここに来て僕も驚きました」

「わたしもそうだよ。それで日本語の勉強始めたんだから」と、ウニョンさん。

「ウニョンさんもやっぱり日本のドラマとかアニメが好きなんですか?」

「わたしの場合は……」

「日本のアイドルだよな」彼氏のスンウォン兄さんが口をはさむ。

「それもある」

「だからよく質問するんだよ。僕とどっちが好きかって。僕のほうが男らしくて、たくましいと思うんだけど」

「それとこれとは違うのよ」

「日本留学はいつ行ったんですか?」

「2003年。そのころって、今以上に韓国の文化が日本になかったから、すごく孤独だったよ。日本人の友だちも2人くらいしかできなかった」

「前も話してましたね」

「話したっけ? ともかく、あなたたちはそれでも幸せよ。日本に興味ある学生たちたくさんいるんだから。自分から話しかければすぐに友だちできるよ」

「そうですね」

「ユウゴはもう少し積極的にならないと。この酒臭い男みたいに」

 そう言って、僕の隣で口を開けて寝ている酒臭いタクヤを見た。

「あとね、自分は知らなくても、たいていの人は自分のことを知ってると思ったほうがいいよ。それくらいうちの大学では日本人が珍しいんだから」

 ウニョンさんの指摘のとおりだ。環境に適応できるようもっと積極的にならなければならない。こういうことをズバッと言ってくれるのも韓国人の性質なのだろうか。あるいは、ウニョンさんの性格か。

「そういえば、ユウゴは、なんで韓国語の勉強を始めたんだい?」

 赤信号で車を停止したスンウォン兄さんが尋ねる。

「それは……」僕が言いかけると、

「あ、ここ左曲がって」

 ウニョンさんが慌ててスンウォン兄さんに伝え、

「みんな、この近くに海水浴場があるんだけど、せっかくだから海も少し見てみましょう。タクヤ! 起きろ!」と声を張り上げた。

「お! すぐ行く!」

 タクヤが反射的に目を覚まし、窓に頭をぶつけた。

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