僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

済州島留学物語 第12話【夏3】

 歩き続ければ辿り着けることを確かめたい。前に進むということを確かめたい。僕が選んだのは東方向から一周を回るコースだ。そしてそれは春に訪れた城山日出峰ソンサンイルチュルボンのほうに向かっていくコースでもある。城山日出峰までは車で1時間程度の距離だったはずなので、1日歩けば近くまでは行けるはずだ。観光地でもあるので近くに宿泊施設もあるだろう。そこで1泊して、翌日は南の中文観光団地付近で1泊だ。そこから西に向かってゴールを目指す。西側は自分にとっては未開の地でもあったが、ペンションくらいはあるだろう。済州島の観光も楽しみながら、3泊4日の日程で一周を歩ききるのだ。

 雨は弱まる気配がなかった。済州島は風が強いため、横殴りの雨を全身に浴びる。足元には水たまりも多く、靴の中まで湿ってくる。やれやれ、これじゃ長年愛用してきた靴も台無しだ。留学出発前に新しい靴を買う余裕がなく、使い古した靴だった。一時、路地に避難。折り畳み傘の健闘もむなしく、リュックの中まで雨は浸水してきていた。

 なぜ、事前に天候を確認しなかったんだろう。今さら悔やまれる。臆病なくせに無鉄砲な行動に出る自分の性格に嫌気がさす。あの時と同じだ。学科のMTで焼酎を一気飲みしようとして倒れた記憶がよみがえる。そしてドゥヒョン先輩の僕を軽蔑するような視線と放たれた言葉。

 

 国立済州博物館前を通りすぎ、しばらく歩き続けると人通りがほとんどなくなった。時間は11時過ぎだ。幸い、雨は少し弱くなってきた。しかし、喜んでもいられなかった。足の裏に痛みがあり確認すると、靴の底に空いた小さな穴から小石が侵入し、僕の足を痛めつけていた。僕の無鉄砲な挑戦は、長年苦楽を共にしてきたスニーカーを傷つけ、僕の身体も容赦なく痛めつけていた。考えれば考えるほど自分が情けなくなってくるばかりなので、何も考えずひたすら歩き続けることにした。

 左手に「三射址サムサソク」という石碑が見えた。済州神話の聖地のひとつだ。まさかこんな大通り沿いにあるとは思わなかった。済州島の大地から湧き出た「高乙那コウルナ」「良乙那ヤンウルナ」「夫乙那ブウルナ」の三神人が、自分たちの定住地を決めるために放った矢が突き刺さったと言われる石の跡だ。僕は立ち止まり済州島の神々に思いを馳せた。日本国と言い伝えられている「碧浪国へきろうこく」からやってきたという3人の美しい王女と共に国を建国した三神人。神話とはいえ、日本との縁が深い済州島。その時、縁という言葉とともにサチコのことが思い浮かんだ。母親の死とともに突然現れた韓国、済州島との縁。だけどそれは今や彼女にとって大切なルーツとなり、彼女を動かしている。彼女がそのつながりを自分のものとしたからだろう。彼女はそれを「考えてもしょうがない宿命みたいなもの」と話していた。

 宿命か……。僕は再び歩き出した。雨はいつの間にかあがったが、今にも大地に落ちてきそうなほど重たい雲が空を塞いでいた。

 しばらく歩いて行くと「海岸道路」の案内が見えてきた。僕の歩く一周道路は海岸に沿ってはいたが、何しろ車が猛スピードで通過する大通りだったので、想像していたほど海が視界に入ってくることはなかった。気晴らしに海も見てみたかったし、僕は海岸道路に向かって道をそれた。

 海の香りを感じながら道沿いに進んで行くと、ほどなくして海水浴場に到着した。コンビニで清涼飲料水を買い外のベンチに座った。

 悪天候にも関わらず、数名のグループが波打ち際ではしゃいでいた。その光景はなんだかとても眩しく幻想的だった。

 どこかで見たことがある景色だ。海水浴場の名前をもう一度確認すると、そこは、春にウニョンさんたちと一緒にやってきた海水浴場だった。

「どこから来たんだい?」

 老人の声が後ろから聞こえた。

「学生さん、どこから来たんだい?」

 自分が話しかけられていると思わなかったのでゆっくりと振り返ると、帽子をかぶった六十代ほどの老人が飲料水を片手に僕を見つめていた。人見知りの僕は、見知らぬ人に突然声をかけられると警戒してしまう。

「……日本です」

 僕がためらいながらそう言うと、「日本のどこ?」と突然流暢な日本語になった。

「埼玉です。留学生です」

「埼玉か。僕はねえ、東京で暮らしてたんだよ。30年」

「日本の方ですか?」

「違う、違う。日本で暮らしてただけ。3年前にね、故郷に戻ってきたんだ」

 そう言って老人は咳ばらいをしながら帽子を被りなおした。

「学生さん、あんたもしかしたら日本人じゃないかなって思ったんだよ」

 僕はこの老人とどう接するべきかその距離感に悩んだ。警戒するべきか、親近感を持つべきか。

「座っていいかい?」

 僕はベンチの隅に移動し、老人と並んで腰かけた。

「留学生か。日本人も済州島で勉強するようになったのか」

 そう言って老人は感慨深げに飲料水を飲んだ。

「済州島は小さな島ですけど、本当に魅力的です」

「魅力的……」

 老人は声を出して笑った。

「そんなことを若い男に言われたら済州島もうれしいだろうな」

 どう反応すべきかわからず、僕は黙って飲料水を飲んでいた。老人は、最近は日本からも観光客が増えてきているが、留学生に会うのは初めてだと話した。

「僕はね、すぐそこの建物でボランティアの日本語ガイドをやっているんだ」

 そう言って老人の指さすほうを見ると、塔のようなものが目に入った。宗教施設か何かだろうか。

「『抗日記念館』という施設があるんだ」

 なぜか僕は無意識のうちに姿勢を正していた。たしかにそういう施設があることは知っていたがすぐ近くにあったとは。

「日本の民衆も戦争の犠牲者だよ。悪いのは『魔性の命』だ」

 そう一言言うと、「勉強頑張りな」と言いながら僕と握手をし、そして去って行った。

 老人の後ろ姿を見つめながら、僕の頭には「魔性の命」という言葉が去来していた。人間の中にある魔性の命。僕たちはその魔性の命という共通の悪魔と戦っているのかもしれない。老人から発せられたその言葉は、韓国で僕が感じていた日本人としての後ろめたさを吹き飛ばすだけの力を持っていた。

 急いで清涼飲料水を飲み干し、再び「一周道路」に戻って歩を進めた。

 まばらに車が通りすぎていく。歩行者などいないし、すれ違う車たちも僕を物珍し気に眺めているような気がした。人家さえもない。どこまで行っても同じ光景が続く。次の村はどこにあるのだろう。陽が暮れるまでに城山付近に辿りつけるだろうか。

 辛い身体に鞭を打つようにひたすら足を前に出した。「魔性の命」なるものと戦うように。魔性の命の連鎖が戦争につながっていくのなら、夢や希望を持った命というものも、きっとほかの多くの人間に伝播していくに違いない。僕がタクヤやサチコやナオに影響されているように。帽子の老人の握手はその温もりを伝えていた。

 はるか先に漢拏山ハルラサンがそびえていた。漢拏山はきっと、この島が三神人によって建国されたと言われる時代から、悠然とそこにあったに違いない。周囲の静寂は漢拏山の存在を際立たせていた。

 時計を見るといつの間にか午後五時を経過していた。周りを見渡すと、農家がぽつりぽつりと点在していた。地図を見ると目的地まではまだ15キロ以上は離れていそうだった。この旅を甘く見ていた僕は、非常食も何も持ち合わせていない。喉はからからで全身は脱力状態だ。穴の開いた靴から入ってきた小石が、足の裏を痛め続けていた。さらに悪いことに、雨が再び降り始めた。

 電話が鳴った。すがる思いで誰からの電話なのかすら確認せずに出た。

「ユウゴ?」

「はい、ユウゴです。どなたでしょうか?」

「どなたって、わたしの番号登録してなかったの? ウニョンよ」

「あ、失礼しました」

「なんだか、疲れてそうね。今日用事があって図書館に行ったんだけど、ユウゴが見えなかったから、ちょっと心配になってね。あなた、いつも同じ席に座って勉強してたから」

「今日は……ちょっと用事があって行けなかったんです」

「用事? 珍しいね」

「今、一周道路を歩いてるんです。済州島を一周するんです」

「は? 歩いて? 一周? 何言ってるの、しかも今日雨じゃない。どこなの?」

「わかりません。すごく静かなところです」

 僕は少し先の道路標識に書かれている地名を読み上げた。

「え、そうなの? 細花セファの近くね。今日はどこまで行くつもり?」

「城山までは行きたいんですけど……」

「もう陽が暮れそうなのに無理よ。寝るところは?」

「どこも予約してません」

 その後、少し考えたような時間があって、

「実はね、わたしのおばあちゃんの家がすぐ近くにあるの。細花っていうところなんだけど。そこに泊まらせてもらいな。わたしが電話しておくから。一応、おばあちゃんの番号も伝えておく。まったく。夏休みなのにずっーと図書館にこもって勉強してると思ったら、今度は突然、歩いて済州島を一周だなんて……」

「無鉄砲なんです」

「無鉄砲?」

「必死ってことです」

 救われた。人一倍に人見知りの自分にとっては、ともすれば負担なのだが、そんなことも言っていられる状況ではなかった。この村の近くには泊めてもらえそうなところはなかったし、観光地の城山までは残りの体力でとうてい歩けそうになかったから。地図を確認すると2キロ前後というところか。その程度であれば頑張って歩けそうだ。一気に気が楽になった。こんな時は人の優しさが一層強く感じられる。

 細花に着いたのは午後7時過ぎだった。町の入口付近にあった小さなスーパーが天国のように見えた。僕は疲れ切った足を引きずりながら店内に入り、清涼飲料水と翌日の非常食用にチョコ、そしてウニョンさんのおばあさんへのお土産に果物を買った。よっぽど喉が渇いていたのだろう。500ミリリットルの飲料水を一気飲みした。それだけで不思議と力が湧いてきた。重たそうな買い物袋を下げたおばさんたちが何か言い争いをしていたが、そんな生活感あふれる営みすら微笑ましかった。僕は電話を取り出し、紹介してもらった番号に電話をかけた。

「あの、日本の留学生のユウゴです。ウニョンさんから紹介してもらいました」

「ああ、今、どこだい?」

 僕がすぐ後ろのスーパーの名前をつげると、すぐ近くに郵便局があるからそこで待っているように言われた。なんだか聞き取りづらい韓国語のイントネーションだった。済州島の方言があるのかもしれない。コミュニケーションは大丈夫だろうか。心に余裕ができてくると今度はそんな些細な心配が始まる。

 指定された郵便局前に着いた時はもうだいぶ空が薄暗かった。ふと空腹を感じ、非常食に買っておいたチョコレートを一口かじってみたところ、その甘く魅惑的な味に夢中になり、気がついたら全部食べてしまった。知らぬ間によほど飢えていたのだろう。それから10分ほどすると一台のスクーターが前方からやってきた。

「さあ、乗りな」

「あ、はい」

 一目で僕だとわかったようだ。それにしても、おばあちゃん、まさかスクーターに乗ってくるとは。おばあちゃんの後ろに乗るとスクーターは加速。風がシャワーのように全身に降り注いだ。

 

 玄関先ではウニョンさんのおじいちゃんが待っていた。

「突然、すいません」

スーパーで買ってきた果物を渡しながらあいさつを済ますと、すぐに家に上がらせてもらった。

「ちゃんとベッドもあるからゆっくり休んでいきな」

 そう言っておばあちゃんは家の中を案内してくれた。済州島でよく見かける石垣に囲われた1階建ての民家だ。家の中央に居間があり、部屋が3つあった。緊張のあまり正座をして座っていると、「シャワーはあっちにあるから浴びてきな」とおじいちゃん。

 僕は自分のみすぼらしい身なりを気にしながら早速シャワーを浴びた。浴槽はなく、トイレとシャワーが同じところにあった。だいぶ疲労がたまっていたようで、体一つ動かすのに骨が折れた。

 2人とも70歳くらいだろうか。よく日焼けしていて姿勢も良いことから、きっと農業で生計をたてているのだろう。居間のほうからは食事を準備する音がした。孫のウニョンさんから日本人留学生がやってくるという連絡があったのはおそらく2時間ほど前だったはずだ。それなのに早速僕は、シャワーを浴び、食事にありつこうとしている。我ながら無礼だなと嫌気がさす。

「おかずは何もないけど」

 おばあちゃんはそう謙遜していたが、キムチやチヂミのほかにウニとワカメのスープまで用意されていた。

「ご飯もっと食べなさい。ほらついでやって」とおじいちゃんが言うと、

「そりゃそうだ。いつか今日のことを思い出す日がきたら、ご飯だけはたくさんごちそうになったと言ってもらわなきゃあねえ。おかずは何もないけどさ、ご飯だけはたくさんもらったって」そう言っておばあちゃんが笑った。

「そんなことないです。突然でしたし、食事を頂けるなんて思ってもいなかったです」

 すると、おばあちゃんは少し何かを考えてから、

「ご飯はおいしいですか?」とはっきりとした日本語で訊いてきた。

 驚いた僕が、「日本語、上手ですね」と言うと、隣にいたおじいちゃんが、「この人のご飯はおいしいですねえ」とこれもまた自然な日本語のイントネーションで話し、おばあちゃんが笑いながらそんなおじいちゃんを小突いた。

「昔は日本語上手に話せたんだけど、忘れちゃったよ」

 そう言って2人はまた笑った。いくら孫の知り合いとはいえ、突然現れた初対面の日本人学生をこうして受け入れてくれたことに感謝をしなきゃいけないと思った。

 僕は、かつて子ども部屋だったという部屋に案内された。窓際にあるふかふかのベッドに腰掛け改めて地図を開いた。1日で、だいたい35キロから40キロ程度歩いてきたようだ。ここまで来るのにこんなにも疲れるとは思わなかった。図書館通いで運動不足もあったのだろう。思えば前日、図書館の窓から済州島の海や空を見ながら旅を思い立ったばかりだった。そして今日、見知らぬ町の、初対面の人の家にこうして泊まることになった。僕の無鉄砲な思いつきは、僕を動かしただけでなく、周囲の人をも動かしている。これは魔性の命ではなく、なんの命かな、そんなことを思いながらいつの間にか眠りに落ちた。

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