僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

済州島留学物語 第16話【タイムカプセル②】

済州島徒歩1周2日目

翰林ハンリム中文チュンムン:約46km)

 

 僕ら一家は都会へ引っ越した。鹿児島で生まれ育った祖父が亡くなってから2年が経っていた。父の高校時代の友人が都内で会社を立ち上げることになり、もともと都会暮らしを望んでいた父に声がかかったのだ。まもなく妹が小学校に入学する時期で、年度の変わり目だったのでタイミングとしては悪くなかった。いつまで経っても慣れない小学校を転校することに不満はなかったが、鹿児島を離れるのはやはり寂しかった。祖母もその思いは同じだったようで、最後まで1人で残るか一緒についていくかを悩んでいたが、人生、1度は都会暮らしを、ということで同行することになった。

「じいさん、しばしお別れだ。またすぐ戻ってくるからねえ」そんな祖母のお別れの言葉と共に、僕らは住み慣れた家を後にした。

 僕は小学校4年生で転校生となった。4年生のクラスは3年生のクラスと同じメンバーなので、できあがった集団に飛び込んでいく形となった。ただでさえ集団生活になじめないでいた僕にとってはハードルの高い試練だった。

 これまでいた学校でも、皆、集団の中でそれぞれ役割を持っていた。ムードメーカー、ガキ大将、がり勉、いじめっこ……。僕などは目立つことのない地味な生徒だったが、もしかしたらこの転校を機にそんな自分を変えられるかも、という淡い期待がなかったわけではない。だけど、いざ、教室に足を踏み込み、初めて見るたくさんの顔に出会った瞬間、そんな思いは吹き飛んだ。あるのは、生まれた時に見た未知なる世界への恐怖だけだ。何も変わらなかった。僕はどこにいてもなじめず、学校の中では静かに自分だけの世界に閉じこもった。

 その年の年末、学校行事で学芸会が開かれた。僕らのクラスの出し物は劇だった。なんの劇だったかもよく思い出せない。あるいはずいぶん昔に記憶の底から消し去ってしまったのかもしれない。クラス内でそれぞれ配役を決め、練習を重ね、体育館で発表をした。鹿児島の学校にいたころにも発表会のようなものはあったが、何しろ学校の規模が小さかったため、何百人も入るような場所での発表会は初めてのことだった。舞台の袖で体育座りをしながら、舞台を見つめる無数の瞳の気配におびえていた。もうすぐ僕の出番がやってくる。練習はたくさんした。学校でも家でも。

「お兄ちゃんのカッコイイ姿見てくるんだよ」

「小学校も4年生になればもう大人とおんなじだよ」

 学校で劇を見学することになっていた1年生の妹に向かって両親はそう言った。妹も楽しみにしていたようで、「ねえ、お兄ちゃんってなんの役やるのお?」と何度も訊いてきた。家では学校のことを話したくなかったので、「見ればわかるよ」と僕はそっぽを向き、その話題を避けるようにした。

 妹は舞台の外で僕の登場を待っているはずだった。もしかしたら何人かの友だちにこれからお兄ちゃんが出てくるんだと自慢気に話していたかもしれない。

 絶対に失敗できない。その重圧に10歳の僕は押しつぶされそうになった。心臓の振動が頭のてっぺんにまで伝わってきてめまいがした。気がついたら僕は舞台に立っていた。そして決して見るものかと思っていた僕を見つめる無数の瞳が視界に入った瞬間、話すべきセリフが完全に飛んだ。世界が急変した。それは、現実のものとは思えないほどに残酷な世界だった。どれくらいの時間だったろう。数秒だったのかもしれないし、数10秒だったのかもしれない。舞台の袖で誰かが何かを言っていたような気がするが、セリフを忘れてしまったことに動揺していた僕の耳には何も入らない。のちに聞いた話によると先生が代わりにセリフを言ってくれたらしい。そうして僕は、学校で、妹の前で、取り返しのつかない失敗をし、臆病な自分を再確認し、容赦なく自信を失った。

 

 中学校ではサッカー部に入部した。子どものころから海辺や公園でよく父とボールを蹴り合っていたし、父からは部活は絶対に運動部に入るよう言われていたからだ。

 好きな女の子がいた。理科の実験で同じ班になった子で、こんな僕にも積極的に話しかけてくれた子だ。同じ実験の班にいたお節介な男子が、「武藤さんってユウゴのこと好きなんじゃないの」と彼女をつついたことがあった。武藤さんは必死に否定しながらも、まんざらでもない表情で顔を赤くしていた。それから僕は余計に武藤さんを意識するようになった。

 武藤さんはテニス部だった。テニスコートはサッカー部が活動するグラウンドに隣接していたため、テニス部の生徒たちは部活前後に、サッカー部の前を通っていた。テニス部はもともと女子が多かったため、そんな時は僕らも懸命に走り、青春の汗を流す情熱的なサッカー少年を演じた。だけど僕にとってはその時間が苦痛だった。テニス部の女子たちが視界に入るだけで心臓が高鳴り、動揺し、プレーミスを繰り返した。それは日に日に悪化していくようだった。武藤さんが見ている。そう思うだけで僕の意識は完全にこの世界から遠のき、その場から逃げ出したくなった。

「わたしのこと避けてるでしょ?」

 ある部活の休憩時間、たまたま水飲み場で居合わせた武藤さんにそう言われた。実際、そうだった。僕は授業中だろうと休み時間中だろうと部活中だろうと彼女と目を合わせるのが怖く、いつも視線を避けていたのだから。だけど僕は伝えられなかった。避けているんじゃなくて、ただ怖いのだと。

 中学3年生の夏休み前、立花君という転校生がやってきた。色白でおとなしそうな男子生徒だった。たまたま家が近くだったので、僕らは自然と親しくなった。彼も新しい集団になかなかなじめないでいたし、僕も集団の中では孤立していたので、似た者同士がくっついただけかもしれないが。だけど僕にとっては初めて、気を許せる存在だった。

 夏休み、立花君の家に遊びに行った。部屋に入ってまず目に入ったのは真っ赤なエレキギターだ。2人の話題はたいてい当時流行っていた漫画やアニメがメインだったので、おとなしそうな彼にエレキギターの趣味があったなんて正直驚いた。我が家では父が夕食時間のテレビリモコンを独占していたため、音楽番組を見ることはほとんどなく、関心もなかったが、彼の部屋のオーディオから流れてくるロックに僕の胸は高鳴った。音楽自体が素晴らしいというよりも、彼の中にこんなにも熱く激しい世界があったのかという衝撃が僕の中を貫いたのだ。音楽が、僕にとって初めて友と呼べる立花君の存在と一体になって迫ってきた。

 早速僕も立花君が好きだったロックバンドのCDを買うと、受験勉強の合間に聞くようになった。年が明けてお年玉がたまるとエレキギターも買った。父からは受験が終わるまでは絶対にダメだと言われていたが、こっそり事前に下調べをした楽器屋で買ってきたのだ。それを見た父は阿修羅のように激怒し、ギターを返品しようとした。僕も、受験が終わるまでは絶対に弾かないし飾っておくだけどだと口答えした。

「なんだ、ギターにお祈りでもするつもりか? 勝手にしろ」

 珍しく僕が反抗したせいか、父はそう捨て台詞を残すと、あきらめたように部屋を出て行った。

 父のそんな皮肉はあながち間違いではなかった。実際、僕はギターに祈りたいほど精神的に苦しんでいた。受験勉強の疲れもそうだが、これから高校という新しい世界に適応していく自信がなかったのだ。いくら環境が変わろうとも世界は何も変わらないということを僕は十分に経験してきた。転校したって、クラス替えをしたって、そこにはいつもの自分がいるだけだった。僕を取り囲むのは、いつだって未知の世界がもたらす苦しみだ。将来へのそんな不安は、病気で苦しみながら死んでいった祖父をよみがえらせた。夜中には祖父のうめき声が耳元で聞こえてくるようだったし、「死」への恐怖は四六時中、僕にまとわりついた。

 受験は失敗した。僕はますますどん底に落ちていった。唯一、希望だったのは、入学の決まった第2志望の高校に、立花君が進学することになっていたことだった。その高校は僕の地域からは少し離れたところにある高校で、僕の中学から進学する生徒はほとんどいなかった。僕がその高校を第2志望にあげていたのも、事前に立花君の志望校だということを知っていたからかもしれない。

 同じ高校に入学することになったと立花君に告げた時、彼は一瞬、間をおいてから「よろしくね」と言った。

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