僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

済州島留学物語 第24話【秋5】

 10月下旬の週末。僕はソンウと一緒に寄宿舎を出発し、市外バスターミナルに向かっていた。午前9時過ぎ。待ち合わせの時間まではだいぶ余裕があったが、早めに着いて、バスや船の中で食べるおやつを準備しようと話していたのだ。

「ユウゴ、どうしよう……。緊張してずっと心臓がドキドキしてるよ」

 そう言ってソンウはペットボトルの水を一口飲んだ。

「大丈夫だよ、普段どおりにしてればいいと思うよ」

 そう微笑んでみた僕も例外ではなかった。何度も夜中に目が覚めたし、何度も同じような夢を見た。

 朝、1人だけ寝坊してしまう夢。バスに乗る直前に財布を忘れてきたことに気づく夢。船酔いして吐いてしまう夢。お腹を壊し、旅行中に何度もトイレに駆け込む夢。そんな失敗だらけの夢を見ては寝汗をかいて目を覚ました。

「もう教えてくれてもいいだろ? ユウゴはどんな子に声かけたんだい?」

「どうせもうすぐ会うんだし、楽しみにしててよ」

「気になるな。真面目なユウゴがどんな女の子に興味があるのか……」

「好きとかそういうんじゃなくて、ただ友だちになりたいと思ってるだけの子だよ」

「友だちになりたいなんて、そんなの好きだからに決まってるじゃん」

「違うよ。これだけは言うけど、その子は日本に留学したがってるんだ。それで日本人と友だちになりたいって連絡ももらってたんだけど、僕も忙しかったし、ほら、僕は女の子と話すのが苦手だって話したでしょ? だから仲良くなる機会がなかったんだ」

「ふうん。どうかな。日本人はなかなか本音言わないって言うし、まあ、今日ユウゴがその女の子とどんなふうに話すのかを見てみるよ。もちろん、応援はするよ」

「僕のことは大丈夫だよ。それよりも、今日の主人公はソンウなんだからね」

 そう言って僕はソンウの肩を叩いた。

 天気の良い土曜日の午前中だったので、市外バスターミナルは混雑していた。済州島には電車がないため、空港からもほど近く、済州の市街地に位置するこのバスターミナルは交通の要衝なのだ。

「ぼくが車を持ってれば良かったんだけど……。でもバスも悪くないよね?」

「うん、もちろん。バスのほうが旅行っぽいし」

 ソンウの父親と妹が交通事故で亡くなっていたことを思い出した。ソンウが車を持っていないのはそのためかもしれない。

 僕らはターミナルの売店でスナック菓子などを購入し、空いていたベンチに腰掛けた。約束の10分前だった。2人とも無言で時計を眺めていた。

「ユウゴさん! アンニョンハセヨ」

 ドキリとしながら振り返るとミソが笑顔でこちらを見ていた。僕も笑顔を作ってあいさつをしようとしたところ、

「あっ」

 ミソとソンウは2人して声をあげた。

「オッパ、一緒に日本語の授業を受けてますよね?」

「キム・ミソだよね? なんだ、そうか」

「知り合いだったの?」僕は日本語でソンウに訊いた。

「うん。同じ教養日本語の授業を受けてるんだ。ちょうどこないだ同じグループになったばかりだったよ」

 そう言ってソンウは席を詰めた。ミソはベンチに腰掛けて、僕らにガムをくれた。

「ユウゴさんと友だちだったんですね」

「うん、親友だよ、親友。君はどうしてユウゴのこと知ってるんだ?」

「わたし? わたしは日本人の友だちが欲しかったから……」

 その時、目の前にいた団体客の隙間をぬってナオが現れた。

「アンニョンハセヨ、おはようございます」

「お、お、おはよう、ございます。ソンウです。チョ・ソンウです」

 明らかに緊張したような様子でソンウは立ち上がった。

「日本語上手ですね。ナオです。よろしくお願いします」

「日本語はまだまだへたくそです。牛島は、今日ぼくがご案内します」

「ナオさん! キム・ミソです。わたし、何回かナオさんのこと見かけたことありました。友だちになりたかったんです。良かったです」

 ミソも立ち上がりうれしそうにナオにあいさつをする。やっぱり彼女は単に日本人の友だちを作りたいのだ。盛り上がる三人のわきで僕はただ微笑んでいた。みんなで仲良くなれればそれでいいんだ。

 

 僕らは窓口で城山ソンサン方面行きのバスチケットを買い、バスに乗った。出発直前のバスに急いで乗り込んだせいか空席が少なく、僕とソンウ、そしてナオとミソがペアになり2人掛けの座席に離れて座った。

「そうか、ユウゴはキム・ミソがタイプだったのか」

「しっ!」

 そう言って隣でにやけたソンウを慌てて制した。

「聞こえたらどうするんだよ。誤解されるよ」

「聞こえないよ。ふふ」

 バスの中は運転手の好みと思われる演歌が大音量で流れていた。信号の少ない大通りを走っていたため、かなり速度も出ていたし、開け放たれた窓からは風が勢いよく入ってきていた。よく見ると、バスはあの夏に必死に歩いた一周道路を走っていた。

「大丈夫。あの子とユウゴはきっとうまくいくよ」

「だから、そういう気持ちはないんだって。それよりもソンウは今日大丈夫そうかい? だいぶ緊張してるみたいだけど……」

「そうなんだよ。緊張して死にそうだよ。何を訊かれてもいいように牛島の歴史とか地理も勉強してきたけど、ナオの前に立つと頭が真っ白になりそう」

 やれやれ。ソンウも「臆病者」じゃないか。そんなソンウの隣にいて、僕はなんとなく安心した。悩みを共有できる良き友人になりそうだ。いや、本当に、親友になれるかもしれない。

 昼前に牛島ウド行きの船が出るターミナルに到着した。ここから船に乗れば、牛島までは約15分だ。

城山日出峰ソンサンイルチュルボンのすぐ近くから船が出てるんですね。懐かしいですね」

「そうだね。もう半年が経つんだね。あれから自分は成長してるのかなって考えてしまう……」

 ナオと一緒に城山日出峰に見入っていると、

「ユウゴさんって言うことも真面目ですね」

 ミソが後ろから声をかけてきた。どう反応すべきか僕が戸惑いながら黙っていると、

「今のは悪い意味じゃないですよ」と言って微笑んだ。

「皆さん、乗り場はこっちですよ」

 ソンウがガイドのように手を振って先を歩いた。

「えっと牛島まではここから十五分です。船酔いは大丈夫ですか? 酔い止め薬も準備してきましたよ」

「わたしは大丈夫です。ソンウさん、ありがとうございます」

 さすが抜かりなく準備してきている。ナオも笑顔で答える。

 船は思ったより空いていた。中に入ると茣蓙が敷かれた床に何人かの観光客が寝転がったり、お菓子を食べたりしながら壁にはめ込まれたテレビを見ていた。僕らはその脇を通り過ぎてデッキに出た。船はすぐに動き出した。

 最後に船に乗ったのは高校の修学旅行だった。あの時、僕は沖縄にいた。考えてみると沖縄も済州もよく似ている。かつて済州は「耽羅国たんらこく」、沖縄は「琉球王国」としてそれぞれ独自の文化を持ち栄えていたにも関わらず、戦争や分断に苦しんだ。中心から見ると周縁に属する地理的な条件のためだろうか。僕がこれから向かう牛島は済州島という中心から見るならば周縁に属することになる。牛島にはいったいどんな歴史や文化が息づいているのだろう。ソンウに訊いてみたかったが、準備してきたこともあるだろうし、彼のガイドを待つことにする。

 ミソとナオはカモメたちの群れを見ながら時おり写真を撮っていた。

「ユウゴ、みんなで写真撮ろうって言ってくれないかな……。やっぱりうまく言葉が出てこないんだ」

「無理して日本語で話そうとするからだよ。ナオは韓国語上手なんだから韓国語で話せばいいじゃん」

「いや、でもナオと本当に友だちになるなら日本語を話したほうがいいと思うんだ。それにぼくが頑張って日本語で話せば、少しは印象に残るかなと思って……」

「そうかな。でも、それくらいなら僕が話してあげるよ」

 そう言ってソンウからデジカメを預かり、2人に声をかけると、僕が僕自身に驚いた。僕にもこういうことってできるもんなんだと。

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