僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

済州島留学物語 第29話【冬2】

 3日後、外国文化交流イベントの発表テーマ決めのため、僕ら日本グループは図書館のラウンジに集まった。

「じゃあ、あたしからアイデアを話すよ。あたしが考えたのは日本人と韓国人の考え方の違い。例えば、『好きな動物』とか『憧れる職業』みたいな簡単なものから、『宝くじで1億円当たったときの使い道』とか、いくつかの質問を大学内でアンケート取るの。日本でアンケートした結果はネットで探せるから、それと比較しながら、日本人と韓国人の考え方の違いを分析する。あたし自身、自分の考え方がどちらに近いのか正直気になるしね」

「ちょっと待って。資料作成担当は俺とユウゴなんだろ? もしアンケートなんかやることになったらかなり負担だぜ。時間だってあと10日くらいしかないし」

「まあ、1つのアイデアだからね。とりあえずみんなのアイデアを聞いてみようよ。ナオは?」

「わたしはやっぱり自分の専門分野の観光です。日本の魅力的な観光地を韓国語で紹介してみたいです。京都の舞妓さんみたいな格好して発表したら面白いかなって思います」

「いいね。ナオが舞妓さんの格好したら盛り上がるだろうなあ」

「それ、あたしもやるの?」

「1つのアイデアですよ。ユウゴさんのアイデアはどうですか?」

「僕は……日韓の音楽界の比較だよ」

 皆、一様に驚いた。

「ユウゴ! やっぱり俺とユウゴは心が通じてるな」

「それ本気で言ってるの? タクヤに気使ってるだけじゃないの?」

 タクヤの発言で日本グループの発表が1番目になってしまったこともあり、発表テーマはサチコとナオと僕の3人だけでアイデアを出し合い、その中からタクヤの1票で決めることになっていた。

「確かにタクヤの影響もあるよ。昔タクヤが、韓国ではバンドが盛んじゃないって話をしてたのを思い出してちょっと調べてみたんだ。そしたら韓国のゴールデンディスク賞の過去の受賞者にバンドと呼べそうなグループがなかった。同じように日本ゴールドディスク大賞の過去の受賞者を見たら、バンドと呼べそうなグループがいくつもあったんだよ」

 タクヤが指をパチンと鳴らす。

「そう。そういうことだよ。だから俺も興味があったんだ」

「ユウゴさん、よく調べましたね。さすが社会学専攻ですね」

 タクヤに気を使ったのは事実だった。発表の資料作り担当は僕とタクヤの二人なのだ。タクヤの興味ある分野であればうまく協力してやれるんじゃないかという期待があった。

「でもさ、それ受賞者を選ぶ基準はどうなってるの?」

「日本も韓国も売上基準だよ。まだ時間がなくてその基準でしか調べられてないけど、いろいろ比較していったら面白いかなと思って」

「よし、俺はユウゴの案に1票!」

「2人、示し合わせてたんじゃないの? それじゃもう決定じゃん」

「ただ、ナオの京都の舞妓さんのコスプレも捨てがたいんだよな。なあ、舞妓さん姿で日韓の音楽事情をプレゼンしたらどうだ?」

「それおかしいでしょ。全然意味わからない」

「じゃあ舞妓さんまではいかなくても、浴衣とかちょっと日本的な雰囲気の出る衣装はどうですか?」

「衣装って。別に演劇やるわけじゃないんだからね」

「よっしゃ、なんか楽しくなってきたぞ!」

 こうして僕ら日本グループの発表テーマは決まった。

 

 その日の夜、僕とタクヤはそのまま寄宿舎の僕の部屋で打ち合わせをすることにした。

「まずさ、売上以外の基準だとバンドがどう評価されてるのか調べてみようぜ」

「そう、それ気になってたんだ。日本だとレコード大賞かな」

 僕が日本から持参したノートパソコンの画面に二人して見入った。

「おお、最近の受賞者だけ見てもやっぱりバンドが多いな」

「問題は韓国だよね。でも日本のレコード大賞的な賞はどれを見ればいいのかな……」

 2人は同時に同じことを思い付き後ろを振り返った。ピアスだ。

 ピアスは自分のベッドに横になり、ちょうど音楽を聴いていた。

「それならソウル歌謡大賞ですよ」

 タクヤが事情を説明するとピアスは迷うことなく即答した。そして僕のパソコンを操作し、歴代のソウル歌謡大賞受賞者を検索した。

「へえ……俺が知ってる歌手もいるな」

 タクヤが韓国語でつぶやくと、ピアスが首をひねった。

「ただバンドとはちょっと違いますね」

 そして90年から始まったこの賞の受賞者について解説してくれた。半数以上がソロシンガーで残りはダンスグループやアイドルなどだ。

「つまり、この中にバンドはいないというわけだな」

「不思議だよね」

「でも韓国にまったくバンドが存在してないわけでもないんだよな」

 僕らが腕を組みながら悩んでいると、「これから約束がある」と言ってピアスはいそいそと外出の支度を始めた。

 タクヤがにやけながら訊く。

「彼女でしょ?」

「はい、そうです。来年軍隊に行かなきゃいけないので、今のうちにデートたくさんしておきます」

 そう言ってピアスは丁寧にお辞儀をして出て行った。

「相変わらず礼儀正しいよな。見かけは不良っぽいのにな」

「上下関係を大事にする儒教の影響だろうね」

 僕はまたパソコンの画面に見入った。

「儒教ね……。なあ、もしかしてそれも関係あるんじゃねえか?」

「何が?」

「バンドだよ。韓国でバンドが盛んでない理由」

「さあ、どうかな……」

「バンドと言えばロックだろ? で、ロックと言えば反骨精神だ。だけど韓国には年配者を敬う文化が根付いている。だからロックが流行らない。ロックが流行らないからバンドが育たない。どうだ、この論理」

「なるほど。そう言われると一理あるようにも思う。儒教は世間や社会に対する体面を重視するからね」

「社会に対する体面ね……。うん、そうだな。社会から認められることが重要だから、チャレンジ精神が旺盛で個性あるバンドが育ちにくいんだな」

「だから日本のヴィジュアル系バンドみたいなのが新鮮なのかもしれないね」

「だろうな。なんかますますうずうずしてきたぜ」

「うずうず?」

「この俺が韓国の音楽業界に飛び込んでいくチャンスは溢れてるぜ」

 タクヤはそう言いながら部屋の窓を開けた。冷たい新鮮な空気がオンドルの部屋に吹き込んだ。

「そう言えばタクヤがロックを好きになったきっかけは何かあるの?」

「あれ、話してなかったっけ? 俺ってさ、親が離婚してて母子家庭だったんだ。だから母親はいつも仕事で家にはほとんどいなかった。しかたないよな。夕飯も小学生のころから1人で食ってたぜ。それで中学に進学してからは不良仲間と夜遅くまで遊ぶようになったんだけど、なんか自分の居場所がよくわからなくなってたんだよな。家に帰れば1人きりだし、かといって不良仲間の連中といてもしょせんは他人なんだ。ケンカもしょっちゅうしてたしな。そんな時、連中の先輩の家でロックを聴いたんだ。あの時の衝撃はすさまじかったな。ここに自分の居場所があると思った。13のころだよ。それから自分でギター買って音楽の世界に足を踏み入れたってわけよ」

「だけどギターは挫折してベースに転向した」

「お、よく覚えてるな」

「僕も中学生のころにロックにハマっていた時期があったよ」

「へえ。初耳。なんか意外だな」

「最近はほとんど聴いていなかったからね。友だちの影響だよ。僕もその友だちの影響でギターを少し練習したこともあった。すぐに挫折したけどね」

 立花君のことを思い出した。ずっと孤立していた僕にできた最初の友だち。ロックを、ギターを、僕に教えてくれた友だち。だけど、そのロックとギターは僕らを引き裂いた。いや、僕が勝手に彼のもとを去っていっただけかもしれないが。ただ、ギターのコードチェンジすらまともにできない地味な僕が、ギター部のエースとして学校中の人気者になった立花君の友だちとして居続けるのは僕が耐えられなかった。そばにいるのは、彼に申し訳ない気がしていたのだ。

 僕とタクヤは遅くまで語り合った。今では、ロックが僕とタクヤをつないでいる。そしてタクヤは自分の進むべき道、自分だけの道を確実に進んでいた。

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