僕と済州島の物語

2002年に済州島でホームステイ、 2005年に済州島に留学、2013年に済州島で国際結婚、2015年に済州島で長男誕生。 そんな僕と済州島の物語です。

日韓ハーフ息子の語学事情

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 日本人の父親と韓国人の母親を持つうちの息子君は現在6歳(幼稚園年長)。僕は息子からアパ(韓国語でパパ)と呼ばれている。妻はオンマ(韓国語でママ)だ。

 息子が生まれたのは韓国の済州島だったけど、ずっと日本で育ってきた。コロナの影響で最近は韓国にも行けない。だけどうちの息子君、いつの間にか韓国語学習歴約20年の僕よりもはるかに韓国語を使いこなしている。

 

母とは韓国語、父とは日本語

 日本で暮らしながら僕は妻とは韓国語でしか会話をしない。ずっと昔の恋人時代に、韓国語が下手だった僕の勉強のために韓国語で会話を始めたのがきっかけで、いつの間にか2人のコミュニケーションは韓国語になってしまったのだ。もはや妻の顔を見ると日本語が出てこない。今さら不自然すぎて。

 そんな僕らの間に生まれた息子君。夫婦の会話は韓国語なので、最初は僕も韓国語で話しかけていたように思う。たしか息子が最初に覚えた言葉は「アパ」だとか「オンマ」だった。だけど、息子が少しずつ大きくなり始めると、今度は息子に対して韓国語が急に出てこなくなった。理由はよくわからない。とにかく今は息子に対して日本語しか使わない。妻の顔を見ると韓国語しか出てこないのと同じように、息子の顔を見ると日本語しか出てこない。

 

家族3人の時間に混乱する息子君

 するとたまにこんなことが起こったりする。妻と息子の世界=韓国語、僕と息子の世界=日本語、僕と妻の世界=韓国語なので、3人でいるとその3通りの世界がビビンバみたいにごちゃ混ぜになって、息子が混乱する様子が見られる。例えば、こんな具合に。

妻「昨日はパパ仕事が終わらなくて夜11時に帰ってきたのよ」(韓国語)

息子「ぼくが寝ている時だね。それでパパは疲れたって?」(韓国語)

妻「それはママに聞くんじゃなくて、パパに直接聞きなよ。目の前にいるでしょ」(韓国語)

ちょっと間があり

息子「パパ、昨日疲れた?」(日本語)

僕「疲れたよ」(日本語)

 

パパとママとは別々に遊ぶ

 妻と息子君が遊んでいるときに僕が妻に話しかけたりすると邪魔者扱いされる。逆に僕と息子君が遊んでいるときは妻が邪魔者扱いされることもある。

 当然、息子にとっては母親といる時間の方が長い。特に幼稚園が夏休み中の今は、日本語よりも韓国語を使っている時間の方が圧倒的に長い。だから、最近息子の韓国語が急にうまくなってきたようだ。

 

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寝る前の絵本も妻のは韓国語、僕のは日本語

 だけど息子にとって僕はアパ

 3人でいるときはもうどちらかの言語で統一した方が良いのかなとも思った。例えば先ほどの会話の場面なら、自分も韓国語で会話に入っていくとか。だけど、僕にはどうしてもそれができない。息子に韓国語で話しかけることができない。やっぱり僕と息子は日本語で繋がっているんだと思う。

 日本語でしか話さない僕ら父子だけど、唯一、息子が僕に使ってくれる韓国語がアパ(パパ)だ。僕も息子に対して自分のことをアパと呼ぶ。今さらパパだとか、お父さんだなんて不自然すぎる。日本語しか出てこないなんて言いながらなんだか矛盾しているようだけど、これだけは例外。うちの事情。いつまで続くかはわからないけど、僕は息子にとってアパのままでいれたら良いな。